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☆1915年・資生堂、化粧品事業をメインにする☆ 資生堂企業資料館(静岡県) |
1872(明治5)年、大火で焼け野原になった銀座が再建された。日本で初めて車馬道と歩道とを分けた道路の両脇には、レンガ造りのビルが建ち、東京に西洋風の街が現れる。この新しい西洋の街には、洋食屋、パン屋、洋服屋など新しい商売屋が入り、「資生堂」も日本初の西洋風調剤薬局として、銀座の街に登場した。現在、静岡県掛川市の工場隣に、明治期からの同社の製品や資料が集められた「資生堂企業資料館」がある。 調剤薬局からスタートした資生堂だが、1915(大正4)年には創業者から経営を引き継いだ3男・福原信三が、日本でも化粧品が普及することを確信して、事業の主体を薬品から化粧品に移す。その後、つぎつぎと事業を拡大して現在に至ったわけで、ここには、日本初の練り歯磨き、化粧品、香水、ソーダ水など、その足跡を物語る展示品がずらりと並ぶ。 |
例えば、資生堂パーラーで使用されていた銀食器。よく見ると茶漉しの部分が、資生堂のシンボル花椿のマークになっていて、なかなかしゃれている。資生堂パーラーは、1902(明治35)年に銀座の資生堂薬局内に開設された「ソーダ・ファウンテン」に端を発する。創業者・福原有信が欧米視察の際、アメリカで見たドラッグストアにヒントを得たのだという。 |
現在の商品のルーツもわかっておもしろい。1897(明治30)年に発売された「高等化粧水オイデルミン」(←写真)は100年以上経った現在も販売されている超ロングセラー商品だし、大正時代の「FLOWLINE(フローリン)」なる、ふけ防止の美髪剤は、今日の「薬用不老林」だ。 |
出版物の展示もある。ケース越しにしか読めないが、1926(大正15)年の『資生堂月報』(『花椿』の前身)には「Modern Girl」と題された座談会が載っていて、「モダンガールの将来はどうなる」というような討論がなされている。参加者が「(モダンガールが)歌舞伎座へゆくのに島田を結うというのはモダンガールの本質に悖る」などと真剣に議論していて、時代性がうかがえる。また、明治から大正、昭和、そして現在に至るまでの髪型の移り変わりや、宣伝制作物(ポスター)、パッケージデザインの変遷も。 過去の展示ばかりではない。「あなたに合う香水」を調べてくれるマシーンもある(下左写真)。 |
![]() 文明開花から大正モダン、そして消費者社会までの時代を、商品から読み取ることも可能だし、美容の歴史として見てもいい。もちろん、純粋なノスタルジーに浸ることもできる。 どの世代にとっても、様々な楽しみ方を見つけることのできるスポットだ。親や祖父母と一緒に行くと、また違った発見があっていいかも知れない。 |
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■資生堂企業資料館 ■住所 静岡県掛川市下俣751-1 ■TEL0537-23-6122 ■開館 10:00〜17:00(毎週月曜と盆、年末年始は休館・入場無料) ■交通 JR東海道本線掛川駅より徒歩25分。 |
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