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江戸時代の深川にタイムトラベル! 深川江戸資料館(東京都) |
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東京が「東京」といいだしたのは1868(明治元)年のこと。130年ちょっとの歴史だ。それ以前の「江戸」と称していた時代は、1590(天正18)年の徳川家康の江戸城入城から数えても、278年間。まだ「東京」は江戸の半分の歴史しかない。 |
約150年もの昔である。きんさん・ぎんさんの祖父母が生まれた頃ぐらいだろうか。展示室は地下にあり、1階から入っていくと、眼下に江戸の町並みが広がっている。長屋の屋根の上にはちょこんと三毛猫がいたりする。ここのは、あたまに髷など結っていたりはしない。念のため。 長屋の間の路地を歩いていると、物売りの声が聞こえてくる。耳を傾けていると、館内の照明と連動して、朝、昼、夜と順に深川の一日を演出している。 朝、にわとりが時を告げたかと思うと、照明が朝日の色を映し出し、スズメがちゅんちゅん鳴く。「あさりーぃ、あさりーぃ」と、あさり売りの声が響く。日中は、子どもや物売りの声が賑やか。やがてお寺の鐘の音が聞こえるともう夕方。西の空に夕焼けが見える。夜には火の用心の拍子木の音や犬の鳴き声。どこかで火事なのか、半鐘がじゃんじゃんなっている。 |
さらにうれしいのは、季節感のさりげない演出だ。1月に来ると井戸端に注連縄が張られている(写真左側)。家の中をのぞきこめば、鏡餅に軒飾りが。もちろん“当時”の再現なので、プラスチックのエビなんかがぶらさがってはいない。 夏にまた来ると、長屋の軒に七夕飾り(写真右側)、縁側にはさりげなく朝顔の鉢植え(模型)が出ている。秋には月見飾り。もちろんこれも江戸時代の庶民風。2月には初午飾りが出る。 どの季節に来ても楽しめるという趣向で、全部見ようと思ったら、四季折々、最低4回は訪れねばなるまい。 |
長屋の住人は、三味線の師匠・於し津さん(36歳)、船頭・松次郎(23歳。独身)、八百屋の主人・才蔵(30歳。妻子あり)などと細かく設定されており、同館の展示パンフレット(300円)には、その人物設定や暮らしぶりなどが事細かに書いてある。それを念頭に長屋の室内におじゃますると、なるほど、於し津さんの家には三味線や書見台があり、天秤棒でアサリ売りをしている政助さんちには商売道具の天秤棒や手桶がある。さらに室内をあれこれ物色してみると、鏡台や長火鉢をはじめ、蝿帳(はいちょう:蝿がたからないように食物をしまう棚)、焙烙(ほうろく:茶をあぶる道具)、蚊取り(陶器製の器。除虫菊ではなく、青葉などを燃やしていた)などなど、生活の小道具が丹念に作り込まれている。ついでに八百屋の店先や火の見櫓の下の屋台をのぞけば、当時、深川の江戸っ子が何を食べていたのかも分かる。 |
こんな町内だったら、住人たちは日々楽しく過ごしていそうだが、じつはこの時期、社会は大きな曲がり角にあった。天保時代、幕府は巨額の財政赤字を抱え、ぜいたく品を中心に奢侈禁止などの規制を加え、消費の抑制を打ち出した。また、経済の自由化による物価引き下げを狙った流通機構の改革や、印旛沼開墾などの公共事業にも着手している。だが、それらは市場の混乱などを招き、改革は失敗する。この長屋はそんな、改革が挫折する直前のころを描いている。展示からはちょっとそれとはわからないが、前述の展示パンフレットでは、長屋の“大家さん”がこっそりボヤいている。 「何しろ今度の御改革ってのは、うるさいからね。船宿は目の敵にされている。いちばんねらいやすいし、みせしめにもなる。目立つことはしないほうがいいんだ」 この時に財政再建できなかったことで幕府の力は弱まり、改革に成功した薩長などの西国諸藩は「明治維新」の引き金をひく。この長屋が明治維新に見舞われるのは、あと20数年のちのことである。 |
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江東区深川江戸資料館 ■住所 東京都江東区白河1-3-28 ■TEL03-3630-8625 ■開館 9:30〜17:00/第2・4月曜休館(祝日の場合は翌日) ■入館料 300円 ■交通 地下鉄大江戸線・半蔵門線清澄白河駅より徒歩3分 |
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