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“賢治”効果で大学やませに克つ!? 岩手大学農学部附属農業教育資料館(岩手県) |
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![]() 北上川がとうとうと流れる盛岡市。この地方は、数年周期で襲ってくる「やませ」と呼ばれる冷害凶作に古来より悩まされ続けてきた。 そのようななかに位置する岩手大の農学部は、冷害対策の研究のために設置されたといっても過言ではない。 |
![]() キャンパスに建つ農学部附属農業教育資料館は、青森ヒバを使用した1912(大正元)年築の建物。 館に入ると、昭和8年頃の冷害凶作の際の稲わらが標本として展示されている。80年も昔のものだというのに、全く原型をとどめていて驚く。 凶作の予報と農民への投機的植栽抑制の啓蒙は、この大学が1902(明治35)年に盛岡高等農林学校として設立された時からの課題であったが、明治後期においても、なかなか理解を得られず、初代校長の玉利喜造なども「玉利の八卦」などと占い師呼ばわりされる状態だったという。
ここには、「やませ」と潮流との関係を研究した関豊太郎なる教授もいるのだが、やはり最初は理解されなかったようだ。
関は「やませ」と潮流や地震、火山活動などとの相関関係を探っていたが、それは関に薫陶した賢治も同様で、賢治の『グスコーブドリの伝記』にその夢が託されているというのがここの展示のハイライト。 |
![]() 脇には、盛岡高等農林学校時代の学生机2基。昭和40年頃まで実際に使われていたそうだ。机と椅子は角材で一体に作り付けられていて、椅子付きの机、という感じ。机上には特急電車のテーブルについているようなくぼみがついていて、ここにインク壷を置いたという。
廊下を挟んで向かいの教室は、鳥獣の剥製101種116点が展示されている「第一資料展示室」。オオワシやトキ、ダイサギなどにまじって、まるで旅館のロビーにでも置いてありそうなキジの剥製や、なぜかセンザンコウなどもケースに並ぶ。大正期にそろえた標本とのこと。
「わが国で初めて試験的に作られた小鳥の巣箱」なるものもある。このようなものは、ここでなければお目にかかれないであろう。大正7年製。そばには“最古”の竹スキーも。 |
![]() 館外には植物園もあるので、こいつもちょっと見ていこう。 土層に漏水対策を施す「破砕転圧工法」で造ったというご自慢の人工池(右写真)や、もとが南部藩のお屋敷であったことを偲ばせる「山辺の松」「目時の杉」などを眺めながら、一周20分ほどの散策である。天気のいい日には岩大生がお弁当を広げてランチを楽しんでいる。
資料館の裏側にまわると「ポランの広場」と名付けられたピロティが。宮沢賢治の童話から名付けたという。脇には賢治の作品からイメージしたという日時計。加えて「宮沢賢治を記念する碑」や、さらに2002年5月には、遺族からちゃんと肖像権(!)の正式承認を得たという賢治像まで建立された。 |
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