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博物館のあるホテル 北のまほろばで語られる一代記!?
小川原湖民俗博物館/古牧グランドホテル(青森県)


 東北新幹線を盛岡で乗り換え(当時)、特急「はつかり」に乗って1時間20分。列車は東北本線三沢駅のホームに滑り込む。三沢は、駅弁も売っていないようなこじんまりとした駅だが、ここから歩いて2〜3分のところに、古牧グランドホテルを中心とした東北有数のレジャー施設古牧温泉がある。
 お目当ては温泉…ではなく、古牧グランドホテルにある「小川原湖民俗博物館」。広大なホテルの敷地のなかに博物館や ・敬三の記念館である渋沢文化会館などが建つという希有な空間なのである。

 埼玉県深谷の出身の渋沢が、なぜ三沢に記念館なのかというと、ここの古牧グランドホテルの杉本行雄社長なる人物が、もと渋沢栄一の書生で、 秘書や渋沢家の執事を務めたという関係から、渋沢家を顕彰する意味を込めたのだそうだ。

 

 しかし、敷地が広い。どれぐらい広いかというと、古牧第1グランドホテルから第4グランドホテルまで大ホテル4棟が建ち並び、カッパ沼と称する庭園があり、さらに記念館と博物館に、南部曲がり家の休憩所、ボウリング場に能楽堂、パターゴルフ場などなど、端から端までせかせか歩いてゆうに20分はかかる。


 庭園や敷地のそこここには碑や由来書が立つ。そのうちの1枚、「古牧温泉由来記」にいわく
――“昭和四十四年秋即ち五十五才の時感ずる所あって主宰の十和田観光電鉄(株)を国際興業(株)に譲渡しました。爾来小川原湖民俗博物館と十和田科学博物館を中心に私個人で観光事業を経営する考えに打ち込んでまいりました。然し日本の場合温泉のない観光事業は発展の見込みがないことをつくづく感じ温泉試掘の……ところが見込みがないと反対意見の学者もありましたが、私は地熱の深層昇温の原理を信じて掘り進むうち千米余にして地上四十七度、毎分一・二トンと云う大量の明ばん系の湧湯を見るに至りました。従来温泉の出ない地域と云われたこの地方で初めて温泉の試掘に成功したのです云々”――
と温泉の由来記のはずが、なんだかんだいって杉本社長の一代記に。

 また、やすらぎの鐘と題された釣り鐘につけられた「縁由記」にいわく
――“私は青春時代人生に一大疑圓を生じそれを解明するために松島の瑞巌寺に教を乞い……朝夕二回宛鳴らす喚鐘の音は時に難解に苦しむ公案の音となり、又或る時は悟りの心境の如く澄んで……十和田観光電鉄(株)の社長を辞して後、昭和四十七年秋、古牧能楽堂に特に付設して梵鐘を設置したのも修業時代を懐かしく思い出す為でもあります……又今は亡き妻の真代(ホテル総支配人)がこよなく愛して逍遥した公園の静寂とやすらぎを金子聖海大和尚により「やすらぎの鐘」と命名されました云々”――
とここでも一代記を。
 どうも を手放したのが、如何に人生の転機となったかを力説したい様子。


 そんな由来書をながめながら、広い園内を半周して渋沢記念館に足を運ぶと、入口にパネルが。栄一・敬三両先生がいかに偉大かというお話しも案の定、最後には自分の顕彰に…。

 それはさておき、さすが渋沢家だけあって、記念館に展示された掛け軸は、徳川慶喜、伊藤博文、西園寺公望、乃木希助に吉田茂とそうそうたる面々。「ほー、大町桂月に井上円了もあるのか」と思って見ていくと最後に“杉本行雄書”の掛け軸。こりゃ、自分じゃないか!?

 よくよく見れば、栄一さんの写真にも「杉本が差し上げたお茶を前に」というキャプションがさりげなくつけられている。

もっと杉本!?