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この冬“話題”の食品の故郷 水戸天狗納豆 笹沼五郎商店納豆展示館(茨城県) |
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2007年1月8日、全国のスーパーなどで納豆が品薄になるという騒ぎが起きた。騒動の元は、前日の民放テレビ番組で「納豆にダイエット効果がある」と報道されたためで、筆者の近所にあるスーパーの納豆棚は放送後からカラの状態が続いた。 |
さて、世の中には「納豆展示館」なるスポットがある。茨城県の水戸駅から徒歩10分、水戸天狗納豆の工場に併設された施設がそれだ。館内に入ると、納豆の独特の風味が鼻をつく。展示室内はパネルと納豆作りの農具の展示という、ささやかな展示ではあるが、大豆と藁のコラボレーションが生み出した食品の旨みを知識として実感できることだろう。 |
印象に残ったのが、展示パネルの次の一節。「納豆は主食の麦めしに粘りを与え、のどごしを滑らかにする食品として好まれた」 確かに納豆には麦飯がよく似合う。この水戸天狗納豆が、精力的に納豆の商品化を計ったのは1889(明治22)年。水戸線の開通により、土地の少年たちが駅前で売り始めたのが端緒だという。それよりちょっと前のデータであるが、1876(明治9)年には、東京・八王子では粟を常食としていたというし、1877(明治10)年の香川県三豊地方の常食は米3:麦7の割合だった。おそらく他の地方も似たようなものだったのであろう。 麦飯というのは白米に比べてパサパサしたものである。だからこそ、とろろや納豆があうわけだが、もしも、白米100%の飯が当たり前だったとしたら(実際、江戸後期の江戸は白米があふれる都市社会だった)、納豆は今日のような隆盛を得ることなく、一保存食として終わったかもしれない。納豆には、麦が欠かせない存在だったのだ。 『納豆』には、「中央(江戸)」に対する「地方」、「米」に対する「麦」のような、在野の“スピリット”を感じるといってしまえば、それは一週間ぶりに出逢った納豆に対して、ちょっと誉めすぎであろうか。 |
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水戸天狗納豆 笹沼五郎商店納豆展示館 ■住所 茨城県水戸市三の丸3-4-30 ■TEL029-225-2121 ■開館 9:00〜17:30 ■入館料 無料 ■交通 JR常磐線水戸駅より徒歩10分 |
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