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庭先にできたマイ火山
昭和新山・三松正夫記念館昭和新山資料館(北海道)
昭和新山と三松正夫氏の像  大地という奴はまったく気まぐれで、時折とんでもないものを作り出す。終戦間近い1944(昭和19)年、北海道は有珠山火口の東南側で噴火が起こり、わずか1年半ほどで標高400メートル余りのまんじゅうのような山が築かれた。世に名高い、昭和新山の誕生である。
 今や観光として知られる昭和新山だが、この山に立ち寄ったら、ぜひとも真っ先に訪ねておきたいところがある。昭和新山の生い立ちを見守り続けた、地元の郵便局長・三松正夫氏の記念館だ。
 記念館は売店街の片隅にひっそりとたたずんでいる。館内の展示は、三松氏の遺品や観察記録、昭和新山や有珠山に関する資料が中心。ところが展示物はこれだけではない。なんと、目の前に立ちはだかる昭和新山そのものまで、「屋外展示物」として扱われているのだ。
 そもそも昭和新山は特別天然記念物に指定されてはいるが、国の所有ではない。終戦の翌年、疲弊した国の対応を見かねた三松氏が、財産をはたいて新山生成地42haを買い取ったのだそうだ。
 三松氏がここまで昭和新山にほれこんだ理由は、一体何だったのか。記念館で数々のスケッチを観覧していると、1910(明治43)年に有珠山の北側で噴火が起こっていた事実に気がつく。
 この時、三松氏は23歳。やがてその場所には、海抜223メートルもの新しい山ができあがった。地元では噴火の年をもじって四十三山と呼んでいたが、後年「明治新山」とも称するようになった。言わば、昭和新山の兄貴といったところだ。この時、調査に来ていた火山学者と出会ったことが、三松氏の火山に対する関心のはじまりだった。明治新山あってこその三松氏であり、三松氏あってこその昭和新山なのだ。
 氏は、奇しくも1977(昭和52)年の有珠山噴火の最中に、89歳でその生涯を終えた。しかしその姿は、今も銅像となって日夜昭和新山を観測し続けている。
  三松正夫記念館昭和新山資料館
  ■住所 北海道有珠郡壮瞥町字昭和新山
  ■開館時間 8:00〜17:00(不定休)
  ■TEL0142-75-2365
  ■交通 洞爺湖温泉よりバス15分、昭和新山中央下車

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