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水の都をしのぶオプションの数々 深川七福神(東京都) |
![]() まずは恵比須を祀る「富岡八幡宮」から。夏の「深川八幡祭り」で知られる歴史ある神社なのだが、震災や空襲などに見舞われているため、社殿は新しい。恵比須様も平成13年改築という真新しい社に収まっている。境内には金刀比羅社、富士浅間社、聖徳太子社、天満天神社、鹿島神社などなど、全部で17社におよぶ末社が置かれており、具だくさん幕の内弁当という感じ。 |
さて、次の「冬木弁天堂」へ向かう途中に第1のオプションが。富岡八幡宮の東側、かつて掘割があったと思われる所に国産初の鉄橋が架かっている。1878(明治11)年に造られた長さ15.2mのアーチ橋で、国の重要文化財にも指定されている「八幡橋(旧弾正橋)」だ。1929(昭和4)年に現在地に移設された。ユニークな組み方をしている橋で、よく見ると側面に菊の紋章が付けられているところが明治っぽい。 |
江戸時代の裕福な材木商によって祀られた「冬木弁天堂」や、1616(元和2)年創立の「心行寺」とまわって、清澄通の海辺橋を渡ると「清澄庭園」(写真)で、ここが第2のオプション。江戸時代、紀伊国屋文左衛門の屋敷であったといわれ、隅田川の水を引いたダイナミックな池泉が、水運でひと山当てた往時をしのばせる。もっとも、この庭園は明治に入って、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎と2代目当主の弥之助が造ったものだが、三菱財閥とて海運で財をなした会社だ。先ほどの冬木弁天堂の冬木家も、材木貿易でもうけた相当な豪商なので、このエリアはよくよく海運セレブが集まる場所らしい。 |
清澄庭園から大黒天の「円珠院」、毘沙門天の「竜光院」とまわり、清澄通へと戻る途中に第3オプションの「深川江戸資料館」がある。館内に再現されている江戸時代の深川の町並みにも、船宿や猪牙舟(ちょきぶね)、アサリ売りの若者が住んでる長屋、江戸前の魚介を売っている天ぷら屋台などが作り込まれ、水の都全盛期をほうふつとさせてくれる。ここまで来たら、名物の深川めし(アサリご飯)を食べていきたい。資料館周辺に何軒か食堂がある。「昔から深川のアサリはおいしいといわれていますが、なぜおいしいのかといえば、このあたりには米問屋が多く、船積みの時に白米がぽろぽろと海にこぼれる、この白米を食べているから、深川のアサリは丸々太っていておいしいというようなことがいわれたわけで…」という具合に蘊蓄を傾けたい人は、資料館にいるボランティア解説員の方にそこら辺の話をよく聞いておこう。 |
「深川稲荷神社」で布袋尊を参拝したあと、小名木川を渡り、寿老人の「深川神明宮」でこの七福神めぐりが幕になる。まだ時間に余裕があれば、森下から都営新宿線に乗って東大島まで行き「中川船番所資料館」に足を延ばしてみてもいい。江戸時代の河川水運についてじっくりと展示してある。江戸和竿を中心とした「釣具展示室」も併設されている。「竹」から「竿」になるまでの伝統芸能の工程は釣りに興味がなくてもおもしろい。七福神めぐりをしながら、江戸通、あるいは江戸前通になれるコースである。 |
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