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“七福神”というユニットが生まれたのは室町時代だというが、“七福神めぐり”が盛んになったのは、なんといっても江戸時代である。当時、江戸庶民の手軽なレジャーとして親しまれ、現在に至るまで、東京には「七福神めぐり」のコースが多い。 そんななかで、もっとも“現代”にふさわしいのが、JR山手線鴬谷駅から営団地下鉄三ノ輪駅にかけて展開している「下谷七福神」だ。 それはなぜかといえば、とにかく寺社のラインナップがタイムリーなのである。飛行機の災厄除けに功徳のありそうな空の守り神「飛不動尊」、幼児虐待には子育ての神様「鬼子母神」、デフレ不況には弘法大師作の大黒天を奉る「英信寺」などなど、まさに今の正月のためにあるような顔ぶれだ。これを今、参拝せずして、何時行くであろうか!? というわけで、早速、鴬谷駅の北口からスタートしよう。 |
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元三島神社 (寿老人) ↓ 入谷鬼子母神 (福禄寿) ↓ 英信寺 (大黒天) ↓ 法昌寺 (毘沙門天) ↓ 小野照崎神社 ↓ NEXT |
煩悩の街に屹立す 元三島神社(寿老人) 台東区根岸1-7-11 ![]() JR鴬谷駅の北口を出ると右手上に社殿がそびえる。そびえるというより、かさが上がっている感じだ。1階部分はなんと定食屋になっている。一瞬、この店の中を通っていくのかと思わされるが、裏へ回るとちゃんと参道がある。 なお、まわりはラブホテル街。煩悩の多そうな街に屹立している寿老人である。 釈迦の手引きで幼児虐待から更正 入谷鬼子母神(福禄寿) 台東区下谷1-12-16 ![]() もともと幼児を虐待する鬼神だったが、児童相談所の、もとい、釈迦の教えによって改心し、現在では子育て・安産の神となったのが「鬼子母神」。 鬼子母神を奉っている所は各地にあるが、ここ入谷のは、江戸時代中期に狂歌の太田蜀山人が「恐れ入谷の鬼子母神」との名文句を考えて一躍有名になった。「あたり前田のクラッカー」(昭和中期)、「ジダンがじだんだ」(平成)などと同様のセンス。言葉遊びの趣向はたかだか数百年ではそうは変わらないようだ。 肝心の福禄寿は中国の導士(仙人)をモデルにした人望福徳の神。敷地の右端に一庵を構えて立つ。 弘法大師作の「三面大黒天」 英信寺(大黒天) 台東区下谷2-5-14 ![]() 正面に大黒天の顔を、右に弁財天、左に毘沙門天の顔を持つ「三面大黒天」を本尊としている浄土宗の名刹。御利益はもちろん商売繁盛。弘法大師の作と伝承されている。 門前のわずかばかりのスペースには、コマや羽つきのセットが置かれ、自由に遊べるようになっていたところがまた正月らしくていい。子どもどころか大どもも、コマ回しや羽つきに興じている。 神になったたこ八郎 法昌寺(毘沙門天) 台東区下谷2-10-6 ![]() 勇気授福の神として「毘沙門天」が奉られている法昌寺だが、それに加えて、たこ八郎が「たこ地蔵」となって奉られている。ボクサーからコメディアンを経て、とうとう神様(?)になってしまわれた。 無病息災を祈願して、お地蔵さまとなって合掌している。 創建仁寿2年、学問と芸能の神様 小野照崎神社 ![]() 法昌寺のななめ向かいにある、学問と芸能を奉った神社。七福神ではないが、戦災をまぬがれたという境内は、ちょっとした風情がある。 852(仁寿2)年創建という知名度を活かし、「八社参り」という独自の宮参りのチームを立ち上げてアピールしている。そのため、“下谷七福神”の選からもれているにもかかわらず、境内は参拝客で賑わっていた。 |