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酒田の町で即身仏に会う 海向寺(山形県)
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「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛ー」 案内をしてくれたお寺の方の読経が響く。チーンとひときわ大きく鐘を鳴らして合掌。その先には2体の即身仏が、別々のガラスケースに収まって鎮座している。 この日は、夜行バスで酒田に着いた同行者と合流したため、朝の動きが早い。朝食を済ませて午前9時前にはお寺の境内に到着した。開門を待って、朝一番で即身仏である。すがすがしいと同時に、実に厳かな気分になるではないか。 |
![]() 海向寺 |
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即身仏とは五穀断ち、十穀断ちなどを行い、最後は深さ3mあまりのたて穴に入り、経を読み続けながら入定するという修行で、ここ山形には8体もの即身仏がある。このうち海向寺には、忠海上人(1755年入定)と円明海上人(1822年入定)の2体の即身仏がまつられている。 即身仏になる修行のプロセスで欠かせないのが木食修行だ。湯殿山に山ごもりをして、絶食に近い状態で修行をする。米、麦などの穀類は断ち、くるみ、はしばみ、かやの実などの木の実をほんの少量だけ食べて、命をつなぐ。そうして、身体の水分、脂肪分を落とし、生きている間から即身仏に近い状態に身体をつくりあげていく。最後には、風呂に入れられても身体が浮くようになるそうだ。 そのようになって、木食修行を終えると、いよいよ土中入定である。たて穴のなかに石室を築いて埋められる。なかで断食をしながら鐘を鳴らし読経をする。空気穴として地上に出ている竹筒からこの鐘の音が聞こえなくなったら、亡くなったのだという。 亡くなったことがわかると、一度、掘り起こして、遺体の姿勢を整える。そうして、また埋め戻して、3年3カ月後に再び掘り起こすと、とくに薬品などの特別な処置を施さなくとも、ミイラ状の遺体即ち“即身仏”となったという。 ――というようなことを、案内の方が立て板に水の如く話してくれる。 |
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だが、厳しい修行だけに途中で命を落とす修行者も多かったという。もちろん、この場合は修行が成功したとはいえない。 また、土中入定したあと、遺体が腐ってしまったとしたら、これも修行の“失敗”なのだという。これなど、本人の意志とは別の、不可抗力であろうに。 さらに、土中入定したあと掘り起こすのを忘れられてしまったケースもあったという。命がけの修行の成果を確認すらしてもらえないのである。“運”さえも引きつけなければ、修行には成功できないのだ。じつに厳しい。 午後、酒田から鶴岡へ向かう途中、車窓には出羽の山々が広がっていた。「櫻の木の下には死体が埋まっている」といったのはだれだったか、あの山々の下には、きっと、即身仏にチャレンジして果たせなかった数多くの修行者たちが眠っているのである。 |
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